YUIは明日12/24(火)までXmas SALE 🎄絶賛開催しております
今の時代だからこそ長く受け継がれた
古い貴重なものに触れてみてくださいね✨
そして古い貴重なもの・ことといえば
昨夜の「海に眠るダイヤモンド」最終回
感動しすぎて泣きまくってた私は
9年前に長崎の家族と初上陸した軍艦島メモリーを
思い出しました
もう少し あと数年早く上陸してたら
おじいちゃんになった鉄平と
会えたのかも・・なんて思ったり
あの残された
光に照らされた青のダイヤモンド(ギヤマン)本当に美しかったですね
ということで9年前のブログを改めて
↓↓↓
光と影の軍艦島。
世界文化遺産登録・軍艦島。
長崎帰省の間に、
軍艦島へ上陸することができました
今や、なにかと話題に熱い軍艦島。
世界文化遺産登録や進撃の巨人ロケ地などなど。
しばしば耳にするようになりましたね。
軍艦島(端島・はしま)は、長崎県長崎市(旧高島町)にある島。
明治時代から昭和時代にかけては海底炭鉱によって栄え、
東京以上の人口密度を有していたが、
1974年(昭和49年)の閉山にともなって島民が島を離れてからは、無人島である。
(Wikipediaより参照)
「いや~最近上陸が難しくて、今回6航海ぶりですよ。良かったですね」
軍艦島コンシェルジュのお兄さんに言われました。
確かに、その次の日は、50年に一度の大雨でしたし。。。
それはラッキーな日程でした。
その日は、とても晴天で、上陸日和。
「こがん照りつける太陽から身を守らんば~」
が、しかし、軍艦島では日傘はNG。
ついでにサンダルやヒールもNG。
1974年の閉山以降、
少しずつ人口が減り、やがて無人島となり、
自然に朽ちていったコンクリート建物や レンガの構えなどの影が、
眩しい太陽とのコントラストで、より迫力が増して感じました。
さすがは、日本初の鉄筋コンクリート住宅、存在感があります
木造住宅も多数あったようですが、今や全て風雨により倒壊してます。
限られた土地にたくさんの人を住まわすには、上に上に住居をつくる必要があり、
当時の東京の人口密度の9倍、世界一の人口密度になったほどだそうです。
島には映画館、パチンコ屋、市場、屋上保育園、屋上庭園など、
狭い土地を有効活用しながら、
子供から大人まで過ごしていたようです。
当時の様子。x階段がオシャレに感じます。
屋上保育園には200人以上もいたそうです。
「昔は子供の遊ぶ声とか働く炭鉱マンたちの威勢のよか声で、
にぎわっとったっちゃろうねぇ。。」
この気持ちをうまく表現できませんが、本当に胸にグッときます。。
本当の廃墟島。
時代の変化によってお役目がなくなり、
今や、その形を維持することすら難しくなるかもしれない島。
かつての日本の光と、現在の影を感じる場所でした。
そして今、目の前にある素晴らしいアンティークの品々も、
世界各地のいろいろな状況を経て、存在し続けた希少なものたち。
時代時代の空気を背負ってるんですね。
YUI 龍。(2015.8.21)